「百薬の長はお酒でしょ!」と熱心なご指摘をいただける方ほど、「良薬は口に苦し」
との矛盾をまるごと飲み干せるだけの頑強なメンタリティーと肝臓の持ち主だというこ
とは申し上げるまでも無いことでございましょう。
私なども故郷の歌人、若山牧水氏が「日に二升五合」嗜まれていたと幼少の頃から聞かされ精進を重ねてきた口であります。
それはそうと、「茶は百薬の長」というのもあながち間違いではないのです。
中華の伝説によると太古の昔、『神農』(しんのう)と呼ばれる神様が自ら様々な植物を試食して人々に食べられる植物(薬草)と食べられない植物(毒草)を伝えたとされていますが、
神農は毒草にあたるたびに茶の葉を食べて解毒したとも伝えられており、現代のようにお茶が嗜好品として確立する以前にもその効能は広く知られていたと想像することができるのです。

近ごろは『お茶を飲む』=『美容・健康・ダイエット』
などとイメージされたりもしますが、
流石に茶園を回っていると普段見ることのできないお茶の利用方法に出会うことができます。
ある夏の日のこと、茶園に入ってカメラを片手に茶の葉の撮影をしていると、手の甲に「バチ!」と、枝に弾かれたような衝撃が走りました。
その時は「イテテ…」くらいの感じで気にも留めず作業を続けていたのですが、しばらくすると静電気が手の甲からバチバチ放電しているような痛
みに変わります。
これは尋常ではないと思いカメラを置き痛む箇所を見ると、鳥肌が立つというか、皮膚が生け花で
使う剣山のようにトゲトゲに隆起するかたちで赤く腫れているのです。
やられました!この時が初めてだったのですが、最も厄介な害虫「茶毒蛾」の幼虫に刺されたのでした。
日本でも「チャドクガ」(漢字も同じ)と呼ばれるこの害虫は、お茶の葉にズラッと密集整列して葉の外側からお行儀良く食事していくという、写真を見ない限り愛らしいのですが、なにぶん刺されると酷いのです。
急いで患部に残っているかもしれない毒針を洗い流すために時間をかけて流水にあて暫
く様子を見ていたのですが、いっこうに回復の兆しは見えず、終いには心臓の鼓動と連
動するように腕全体に静電気のような傷みが走り出す始末。
「あ~、もう帰りたい(帰る場所など無いのだが)」
と思っていると、茶園主が
「あはは、俺達もしょっちゅうやられるよ。この薬酒を塗ってみて。」
と持ってきたのが、強い酒に茶の根を漬け込んだという真っ黒に濁った薬酒。
蓋を開けると湿った枯れ木のような強い木片の香りが鼻をつきます。
藁をも掴む思いで患部に塗ってみると、「おや?」アルコールのヒンヤリ感もあり、なかなか気持ち良い。
薬酒が乾くのを待ってまた塗るという作業を何回か繰り返しているとアレ不思議。
まるで今までの痛みが嘘のように引いていくではありませんか、患部の腫れも小さくなっています。
「すごい!」
苦痛から開放された喜びに感動していると、茶園主は
「この薬酒は、うちの茶の根から作っているのだよ、虫に刺された時にはこれを塗るのが一番!」
とのこと。

思わず「この薬酒は飲めるの?」と聞けば、
「もちろん!自然のものしか使っていないから安心。」
とのことなので茶碗に残っている薬酒をグビッと飲み干せば、アルコールの強さもさることながら、耳から眼球が飛び出すような今まで体感したことの無い強烈さ!苦悶すること数十秒、どうにも逃れようの無い苦さなのだ。
さすがに苦笑いが隠せず
「これよく飲めるね、でも効きそうだわ!ありがとう。」
と言うと、茶園主曰く
「普通は飲まないよね♪」
とのこと…。塗り専用(外用薬)だったらしいです。
…それなら最初から薬酒なんて言わずに塗り薬と言って下さいよ。…
(ちょっと期待しちゃったじゃないか)
結果として身体の外と内から見事にチャドクガの毒素を撃退したお茶の驚くべき効能は、
まさに「百薬の長」と呼ぶに相応しいと思いませんか?え?撃退したのはお酒じゃあないかって?それでは仲良く『茶と酒は共に百薬の長』ということで如何でしょう?
くれぐれも用法・用量にお気をつけ下さいませ。


























